先人の研究の積み重ねから知る、光学の歴史と役割

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リンゴだけではない、アイザック・ニュートンのひらめき

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発明もやってます、アイザック・ニュートン

万有引力の法則で知られているニュートンは同時に数学や光学にも関心を持っていました。
当初の望遠鏡などは対物レンズが一枚だったため「色収差」による色のにじみや「球面収差」による像中心のぼけにより、明瞭な像を観察することがとても困難でした。
ですがニュートンが説いた説により、レンズを使う屈折望遠鏡で不正確に再現される原因が明らかになりました。
この研究後ニュートンはレンズでは色収差の解決が不可能だと考えます。
そこで凹面鏡で光を集める反射望遠鏡の制作に着手し、1671年凹面反射鏡を対物レンズとする、ニュートン式反射望遠鏡が製作されました。
その後1704年ニュートンの光学研究を集大成した書物が刊行され、光の粒子説について提唱する他、ニュートン式反射望遠鏡にも触れています。

ニュートンの「光学」からのレンズの進化

ではレンズを使う屈折望遠鏡はその後どうなったのでしょうか。
ご存知のとおりレンズを使う屈折望遠鏡は現代の私たちの身近で活躍し、明瞭な映像を見せてくれています。
ではニュートンの「光学」発刊後に何が有ったかを簡単に紹介します。
まず1729年にイギリスのC.M.ホールが異なる屈折率と分散をもったガラスで作られた凸・凹レンズを組み合わせることによって色収差を解決した色消しレンズを発明します。
イギリスのジョン・ドロンドという人が試行錯誤の結果、クラウン凸レンズとフリント凹レンズを貼りあわせて色収差を補正した「色消しレンズ」の生産をすることができました。
当時はまだガラスの均質性に問題が残りましたが、使い勝手の良さから、ふたたび屈曲望遠鏡の時代を迎えることになりました。
死去後2年後の色消しレンズの発明を見ていたらきっと驚いたでしょうね。